ナーゲルスマン退任で幻となった「グヴァルディオルと7レーン理論」

ナーゲルスマン退任で幻となった「グヴァルディオルと7レーン理論」

 4月27日、バイエルン・ミュンヘンは、全てを勝ち取ったハンジ・フリックの後任としてユリアン・ナーゲルスマンを招聘すると発表した。

 28歳でホッフェンハイムの監督に就任し、RBライプツィヒでの2シーズンを経て、ドイツの絶対王者にたどり着いた33歳の智将。彼の理論と来季RBライプツィヒに加入する1人の選手について、少しだけ書いていきたい。

“コーチ・トレーディング”成功

 昨シーズンCLベスト4、今シーズンはリーグ戦2位で、DFBポカールではタイトル獲得の可能性も十分ある。RBライプツィヒにとって、このような大きな功績を残したナーゲルスマンの退任は当然痛い。しかし、稀代のヤングコーチが、指導者キャリアをこのクラブで終えると思っていた人なんて皆無だろう。となれば、どのタイミングで「次」へ移行するかが重要。そのタイミングこそ、今シーズンがベターだったのではないかと考える。

 まず、スムーズに後任を探せた点だ。RBライプツィヒでは、2度に渡って次の監督までの「繋ぎ」として、ラングニックの緊急登板という奥の手を使ったが、彼がレッドブル・グループを去った今、もうそれは無い。そんな中、「ナーゲルスマン後」を任せられる適任者がいた。その人物こそ、ジェシー・マーシュである。

 NYレッドブルズで指揮を執り、1年間ラングニックの隣でRBライプツィヒのアシスタントコーチを務めた後に、RBザルツブルクの監督となった“レッドブル印”のアメリカ人指揮官は、この経歴から分かるように最も自然なチョイスだったと言える。RBザルツブルクでは、ノルマである国内タイトルを獲得し、クラブ史上初のCL出場も達成したことから、「やれることはやり切った」状態だった。つまり、RBライプツィヒとしては今夏でなければ、他クラブにマーシュを持って行かれることはほぼ確実だったのである。

 そして、金銭的な面でも今回の取引きは大きかった。ナーゲルスマンとRBライプツィヒは2023年までの契約を結んでおり、契約解除条項は無し。ナーゲルスマンの違約金は、これまで監督として最高額で移籍したモウリーニョ(インテル→レアル・マドリード/1600万ユーロ)を大きく超える2500万ユーロとなった。今日では、中小規模のクラブのみならず、メガクラブまでもが選手を安く買って高く売る「プレーヤー・トレーディング」を日常的に行っている。RBライプツィヒは、500万ユーロでホッフェンハイムから買った監督を2500万ユーロで売りさばくという「コーチ・トレーディング」を成功させたわけだ。これは、他クラブと同様に新型コロナウイルスの打撃を受けたRBライプツィヒにとって、大きな移籍金収入となった。

 確かに、現在ブンデスリーガで起きている空前の「監督シャッフル」において、ナーゲルスマンを慰留すれば来シーズン優位に立てたかもしれない(実際にSDであるマルクス・クレーシェはナーゲルスマンの残留を希望したそう)。ただ、現実としてバイエルンとのチーム規模の差はまだまだ大きく、リーグタイトルのためにクラブを運営していくのは小さくないリスクが伴う。ファンは夢を見るべきだが、経営陣は現実を見なければならない。特に、このコロナ禍では尚更だ。

グヴァルディオルと「7レーン理論」

 しかしながら、残念なところもある。

 RBライプツィヒは、来シーズンに向けて戦力補強を進めていたところで、すでにヨシュコ・グヴァルディオル(ディナモ・ザグレブ)、モハメド・シマカン(ストラスブール)、ブライアン・ブロビー(アヤックス)の加入が決まっている。彼らはきっと、ナーゲルスマンから指導されることを夢見ていたはず。特に、ナーゲルスマンの元で大きく飛躍することを個人的に期待していたのがグヴァルディオルだ。

 この19歳のクロアチア人DFの代理人は、アンディ・バラという人物。昨冬にディナモ・ザグレブから加入したダニ・オルモもこのバラが関わった案件で、RBライプツィヒは、バラを通して新たなパイプとなった“オルモ・ルート”でグヴァルディオル獲得競争を制した。

 ナーゲルスマンの戦術的引き出しは豊富で、独自性の高いものも多く存在する。その彼の引き出しの中で、「7レーン理論」というものがある。

 「5レーン理論」については聞き馴染みがあるだろう。ペップ・グアルディオラがバイエルン時代、ピッチに縦の4本線を入れて5つのレーンを形成。「1列前の選手が同じレーンに入ることは禁止」、「2列前の選手が同じレーンに入る」というような条件で小さなトライアングルを作らせ、選手たちにポジショナルプレーの理解を促していった。

 ナーゲルスマンは、これを5レーンではなく7レーンでやる。下図は、RBライプツィヒのトレーニング施設「RB-Training Center Cottaweg」をGoogleマップの航空写真で見たものである。

 大外のレーンにも縦線が入っていることが分かるだろう。ナーゲルスマンは、選手に対して「最低限」の幅を取ることを求める。そうすれば、攻撃時は直接的にゴールに絡めるし(これは以前紹介したハイダラのジョーカー起用にも繋がる)、守備時はあらかじめ絞った状態であるため、中央を防ぎやすい。これを体に馴染ませる工夫が練習場にされているわけだ。

 とはいっても、必要となれば幅は取る。特にビルドアップ時では、WBのアンヘリーニョやムキエレが大きく開く場面は珍しくない。その上、3CBの左右のストッパーであるハルステンベルクやクロスターマンが、WBとレーン交換をして「幅取り役」となるシーンも見られる。それが円滑に機能するのは、彼らが元々SBの選手だからだ。

 だが、今シーズンはそこの部分が難しくなった。ハルステンベルクが調子を落としたからである。29歳のドイツ代表DFは、負傷などもあってフォームが整わず、精彩を欠く試合が増加。現在は指揮官の中で序列が下がり、オルバンが起用されるか、クロスターマンが左に回ることが多くなっている。そうなると、ビルドアップに淀みが生じてしまう。オルバンはそもそもビルドアップを得意としておらず、クロスターマンはリオ五輪で左SBの経験があり、ポジショニングの面では問題は無くとも、右利きであることからレフティのハルステンベルクのように、時計回りのボール循環がスムーズにいかない。これは、昨シーズンのCL準決勝PSG戦や、今シーズンのCLでリヴァプールのフロントスリーに対してクロスターマン、ウパメカノ、ムキエレをマンツーマンで当てた試合でも見られた現象だ。また、ハルステンベルクは来シーズン限りの契約の延長交渉が難航しており、今シーズンでクラブを去る可能性もある。彼の後を継ぐ選手が必要だった。その足りないピースを埋める存在こそが、ディナモ・ザグレブでCBとSBを両方経験していて、技術・スピードを兼ね備えた左利きのグヴァルディオルだったはず。残念ながら、彼がナーゲルスマンの教えでさらなる成長を遂げることは妄想に終わってしまった。

 それでも、後任となるマーシュは、RBザルツブルクでは前任のローゼが残したものを上手く活用してチームを構築していった指導者でもある。監督としてライプツィヒの地に帰還するマーシュが、ナーゲルスマンの遺産をチームの力にして、グヴァルディオルら選手たちをブラッシュアップしていくことを来シーズンの楽しみとしたい。

参考資料

1.“ダニ・オルモ効果”でビッグクラブの逸材が集う。 「仕上げの育成」を担うディナモ・ザグレブ(footballista)

2.RBライプツィヒの取る幅は最小限。ナーゲルスマンが「7レーン」で落とし込む原則(footballista)

そういう意味でCB、SB両方できて左利きのリュカ・エルナンデスあたりは、ナーゲルスマンのバイエルンにおいてフリックの時よりも重要な存在になるのでは?と思ってます。

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